エクス・アン・プロヴァンスにおけるペスト治療 その2
2019-08-16


エドガー・レオニも『ノストラダムス、生涯と作品』(1961)22頁ではセザールの該当部について省略なく英訳を行っている。

Persons stricken by the furor of this malady completely abandon all hope of recovery, wrap themselves in two white winding sheets, and give forth even while they live (unheard-of thing) their sad and lamentable obsequies. The houses are abandoned and empty, men disfigured, women in tears, children bewildered, old folk astonished, the bravest vanquished and animals pursued. The palace is shut and locked, justice silent and deserted, Themis absent and mute, the stretcher-bearers and street porters work on credit. The shops shut, arts halted, temples solitary and the priests all confused. In brief, all the streets villous, wild and full of weeds because of the lugubrious absence of man and beast for the 270 days that the evil lasted…

この病気の怒りに襲われた人は、回復のすべての希望を完全に放棄し、2枚の白い巻いたシートに身を包み、(前代未聞の)悲しく哀れな卑劣な生活をしながら生き延びている。 家は捨てられ、空っぽで、男性は外観が醜くなり、女性は涙を流し、子供たちは戸惑い、老人は驚き、勇敢な者は打ちのめされ、動物は追いまわされる。 宮殿は閉ざされ、施錠され、正義は沈黙し、捨てられ、テミス(注:ギリシア神話の法・掟の女神)は不在で口がきけなくなり、担架担い手と通りの守衛は信用で働く。 店は閉まり、手仕事は止まり、寺院は寂しくなり、司祭たちは皆困惑した。 手短に言えば、不幸が続いた270日間の人間と獣の陰鬱な欠乏のために、すべての通りは絨毛で覆われ、荒涼となり、雑草でいっぱいであった…(筆者訳)

これを読むとエクスのペストの凄まじさが目に浮かんでくる。海港マルセイユに近いこともありエクスはそれまで何度もペスト禍に見舞われてきた土地である。現代の日本ではペストという圧倒的な伝染病の恐怖を感じ取ることは難しい。しかし十六世紀フランスでは現実に原因不明の伝染病がしばしば発生し、人々の生命を次から次へと奪っていった。その対策として隔離と逃亡くらいしか打つ手はなかった。ノストラダムスは医師としてこれに果敢に立ち向かったのだ。

そのなかで薬剤師としてのフィールドワークの経験に基づいてペストを予防する調合薬を作ったようだが現実的には公衆衛生環境の改善に着眼したものだったろう。ノストラダムスはほとんど自伝的な記述は残していないが、この部分は「ペストが流行したとき、害毒に満ちた空気を効果的に追い払うことのできた香料」(『ノストラダムスの万能薬』60頁)の効用を証明するために詳述したという。『化粧品とジャム論』では猛烈な疫病を直に目の前にした当時の緊迫感が伝わってくる。

シャヴィニーの記述に戻ると、「我等の著者(ノストラダムス)により作成された真実の報告」というのは『化粧品とジャム論』の記述のことだろう。ローネイの領主の「世界劇場」とは1558年にパリで出版されたブルトン人のピエール・ボエスチュオ(別名Launay)の『世界劇場』 Le theatre du mondeを指している。初版はラテン語版で後にフランス語訳が出ている。特認の日付は1558年7月1日。翌1559年にはパリのJean LongisとRobert le Mangnyerにより再版された。

十六世紀学者のミシェル・シモナンの論文「ノートルダム、ボエスチュオ、シャヴィニーと1546年のペスト」(1983)によれば、ボエスチュオの説明はノストラダムスの『化粧品とジャム論』における証言の劣化コピーにすぎない。そのテクストはパトリス・ギナールのCORPUS NOSTRADAMUS 20:

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[ノストラダムス]

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